ハムレットのシンメトリー

Hamlet's Questions and One Man's Answers

37.三一致の法則、線遠近法とマニエリスム

 前回は凸面鏡とアナモルフォーズの絵画を例として、『ハムレット』のシンメトリー構成が歪んだシンメトリーである事をみました。このブログの3ルネサンスのシンメトリーで見ましたように、シンメトリーはルネサンスの芸術で重視された概念でした。

 絵画の世界でラファエロやレオナルドらが活躍した盛期ルネサンスには、シンメトリーが尊ばれ一点透視の遠近法によって描かれたものが多いのですが、後期ルネサンスになりますと、もはやシンメトリーには描かれず、遠近法も不思議な雰囲気を醸し出すものに変化していきます。

 この後期ルネサンスとはマニエリスムの事ですが、シェイクスピアもまたマニエリスムの劇作家といわれます。今回から数回にわたって、『ハムレット』がどのようにマニエリスムの作品であるのかをABCDEF| fedcba構成による切り口で見ていきたいと思います。

 そのためにまずマニエリスムについてもう少し説明したいと思います。マニエリスムは美術史における用語で、盛期ルネサンスの後の様式です。また、マニエリスムは「意識的な反‐古典的な表現形式」*1といわれることもあり、この場合の「古典的な」とは古代ギリシア、ローマの復興としてのルネサンスということが出来るでしょう。ルネサンスの表現が古典に範を取り、均整を重視したのに対し、マニエリスムはそのルネサンス芸術が達成した均整を意図的にゆがめるような表現をしました。絵画作品の例を挙げて見てみましょう。

 下の絵はラファエロの『ヒワの聖母』です。盛期ルネサンスの作品の例です。

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ラファエロ 『ヒワの聖母』 1505‐1506年


かわいい顔していますね。人物も均整が取れて描かれていますし、背景の美しい風景も遠近法によって描かれ、人物と調和しています。全体もシンメトリーに描かれています。

 マニエリスム絵画の例として、次の絵はパルメジャニーノの『首の長い聖母』です。

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パルメジャニーノ 『首の長い聖母』 1535-1540年

 首が長いどころか指もやたら長いですし、首から下だって長い。抱かれている幼子イエスは顔色悪いですし、これもやっぱり長い。左側には天使か子供たちかこの空間に6つも顔が描かれています。さらに背景に目を移しますと、よくわからない円柱が一本と思ったら、土台を見ると何本もの円柱の影が描かれています。その円柱の手前にはどう見てもちいさいおじさんが巻物を広げていて、通常の遠近法が無視されています。この背景だけとってみるとシュールレアリスムのキリコかダリのような雰囲気があります。

 

 これら盛期ルネサンスマニエリスムの絵画の特徴をまとめて表としますと以下のようになるでしょう。

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 ルネサンスに発達した線遠近法では透視図の座標上に画題が配置されます。これによって特定の場所と時間が画面の上に描かれます。例として『アテネの学堂』を見てみますと、透視図の消失点は画面の中心に定められており、これによって鑑賞者の視点は固定され、すべての人物もゆがみのない空間の座標の下に配置されています。これによってアリストテレスプラトンもその他の哲学者たちも同じ空間、同じ時間を生きているように描かれています。

 おそらく絵画において遠近法が担った役割を、演劇においては三一致の法則が担ったものと思われます。三一致の法則とは古典演劇の法則で「時の一致」「場の一致」「筋の一致」を言い、一日の内に、一つの場所で、一つの筋が劇の内に一貫していなくてはならないとされています。

 シェイクスピアの作品は、舞台や時間、筋もあちこちにとび、この三一致の法則が守られないことが指摘されます。『ハムレット』もまたそうなのですが、その『ハムレット』の中の劇中劇を一つの劇として取り出してみますと、ここではこの三一致の法則が守られている事に気づきます。劇中劇の台詞は、弱強五歩格で全て脚韻を踏んでおり、この点でも古典的なスタイルで書かれているのですが、その内容も、時間は日中おそらく昼下がりに、場所は屋外、庭園で、王の甥が王を暗殺する、というように古典主義演劇の三一致の法則が守られています。

 この劇中劇の場面のイラストがニューケンブリッジシェイクスピア版『ハムレット*2に掲載されています。なんだか『アテネの学堂』に構図が似ているので並べてみました。

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アテネの学堂』とホッジスによる『ハムレット』劇中劇

これは挿絵画家のウォルター・ホッジスによるもので、暗殺者が王の耳に毒を注ごうとしている瞬間が中央で演じられ、奥ではそれをクローディアスと王妃が見、そのクローディアスの内面の動きをハムレットとレアティーズがそれぞれ別の角度から見逃すまいとしています。

 『アテネの学堂』で哲学者たちが一つの時間、空間に描かれていることと同様に、『ハムレット』の観客はこの場面に、これら人物のそれぞれ内面とその視線と緊張感が、同時にその場に存在しているのを見ることができるでしょう。また、演じられている劇中劇を中心としてそれを観るクローディアス、クローディアスを観察するハムレットといった同心円の構造によって観客の注意力を集中させる効果を持っています。この事も絵画技法の線遠近法の一点透視図法にある種の共通するものを感じさせられます。このように劇中劇とその場面は、線遠近法で描かれた絵画の特徴と共通するものを舞台上に持つと言ってもいいでしょう。

 三一致の法則にしても線遠近法にしても一つの視点からの均整のもとに作品が構成されます。それが絵画、演劇と異なるジャンルにおいて現れていることは、ルネサンス古典主義精神の本質の一端であるためでしょう。

 盛期ルネサンスからマニエリスムの時代になるとその時代の表現は変容していきます。先に『首の長い聖母』でみたように、遠近感は不安定となり、人物はうねり、一つの画面の中にいくつもの視点からの表現が現れます。

 アナモルフォーズもこの時代に現れたのですが、これは線遠近法の基礎の上に発展したもので、一方の側を縮め、他方の側を引き延ばすことによって極端に歪んで描かれます。そしてこの歪みを補正する仕方で見ることによって、それまで見えなかった正しい形の像が得られます。

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ニスロンによるアナモルフォーズ 1638年


 描かれているものを意図的に見えにくくし、特定の方法によってその像が得られるのですが、このようなアナモルフォーズの効果と同様の効果をもつ表現を、ハムレットのイギリスへの渡航のエピソードにみることができます。

 ハムレットのイギリスへの渡航は、舞台上では表現されませんが、その間に舞台では、レアティーズが父ポローニアスの死の真相を知ろうとクローディアスに詰め寄り、さらにそこで気のふれたオフィーリアの振舞いを目にします。ポローニアスの死、オフィーリアの狂気もハムレットに原因があるのですが、この場ではハムレットについて話題にされそうになっても、ほのめかされるだけで、直接その名前が口にされることはありません。

 この場面自体が気のふれたオフィーリアと怒りを爆発させるレアティーズが登場し、観客の感情を揺さぶるため、その時にイギリスへの途上にあるハムレットの事を思い出させることはないでしょう。これらは観客の注意力が意図的にハムレットその人からそらされているためではないかと考えられるのです。

 アナモルフォーズの絵画は、極度に歪ませることによって、その描かれたものが鑑賞者の表象に上らないように描かれます。対象を鑑賞者の表象からそらせている点で、第四幕第五場のハムレットのイギリスへの渡航に対する効果と同じものがあるのです。

 また舞台上では城の内のそれほど長くはない時間が演じられますが、ハムレットのイギリスへの渡航のエピソードは大海原からイギリスまでであり、時間的にも幅があります。この二つのエピソードはおそらくは同時に進行していると考える事もできますが、時間、空間的には全く異なったものとなっています。これもアナモルフォーズの特徴の歪みを思わせるのです。

 このように見ますと、『ハムレット』の劇中劇は、古典の復興としてのルネサンス、それに対してハムレットのイギリスへの渡航マニエリスム的であると見ることができます。これまで見てきたように、この劇中劇とハムレットのイギリスへの渡航は、明らかに対称的に描かれ、比較対照して読まれるように求められている事を考えると、ルネサンス的なものとマニエリスム的なものがそこに描かれている事はとても興味深いことだと思われるのです。



 

*1:ルネ・ホッケ『迷宮としての世界』種村季弘矢川澄子(訳)〈1978美術出版社〉序文でマニエリスムに関してこのように表現している

*2:Hamlet Prince of Denmark” Edited by Philip Edwards The New Cambridge Shakespeare Cambridge University Press