ハムレットのシンメトリー

Hamlet's Questions and One Man's Answers

19.ここまでの要約

 前回は、『ハムレット』のシンメトリー構成の中で、劇中劇とハムレットのイギリスへの渡航から、世界劇場にまで考察を広げていきました。この劇中劇とイギリスへの渡航の対称ペアは、それ以前に考察した父ハムレットの亡霊と息子ハムレットの亡骸の対称ペアとともに、『ハムレット』の全体の構造に関わる対称ペアでした。そして、それらは密接に関係しあっていました。かなり複雑な面があったかと思いますので、今回はそれらを要約し、箇条書きにしたいと思います。文末のカッコ内の数字は対応するブログ記事の通し番号です。

 

・『ハムレット』は全体がシンメトリーに構成されており、このシンメトリー構成はTo be ,or not to be,that is the question. という、そのクエスチョンを解いていくためのカギとなる。(24

 

・そのシンメトリー構成の対称ペアの一つとして、冒頭の胸壁上の父ハムレットの亡霊の登場と、閉幕時に高檀に上げられようとするハムレットの亡骸があげられる。一方は霊としての死者、もう一方は体としての死者、つまり死体として対称的に描かれている。(5

 

・胸壁上に現れる父ハムレットの亡霊は、舞台の観客が見る事ができるが、それに対して高檀に上げられるハムレットの亡骸は、そこに上げられる前に劇が閉幕するため、実際には観客は見ることはできない。(7

 

・この父ハムレットの亡霊と息子ハムレットの亡骸のように、舞台上に表現されているか、否か、という事がTo be,or not to be, の主要な意味の一つであると考えられる。(7

 

・父ハムレットの亡霊の退場の後、ホレイショーが、過去にあった父ハムレットと父フォーティンブラスの決闘を語る。これはハムレットとレアティーズの決闘の直後、ホレイショーがそれについてフォーティンブラスに語る事と対称となる。前者は舞台上で語られるが、後者は舞台が終わり閉幕後に語られる事になっている。(8

 

・この閉幕後のホレイショーの語りでは、ハムレットとレアティーズが決闘でともに死に、デンマーク王家のメンバーも死に至った経緯が語られることになる。そのためその内容は演劇『ハムレット』と同じものとなる。つまり『ハムレット』とは閉幕後のホレイショーの語りが演劇として見えるようになったものであると考えられる。(9

 

・『ハムレット』が閉幕後のホレイショーの語りを演劇化したものであるとすると『ハムレット』は円環する構成となっていると考えられる。(9

 

・閉幕後のホレイショーの語りは、ハムレットが死に至った経緯が語られるものだが、これと対照的に、父ハムレットが死に至った経緯は、父ハムレットの亡霊によって語られる。(8

 

・閉幕後のホレイショーの語りが演劇化されたものが『ハムレット』であるように、父ハムレットの亡霊が語る自分が殺害された経緯が演劇化されたものが、ハムレット演出による劇中劇である。演劇化されるという事で、これらの対称性は際立つ。(10

 

・劇中劇は『ハムレット』において中ほどに位置しており、『ハムレット』のシンメトリー構成においてこれと対称となるのは、ハムレットのイギリスへの渡航のエピソードである。劇中劇はハムレットによるクローディアスのための演目(プログラム)で、ハムレットのイギリスへの渡航はクローディアスによるハムレットのためのプログラム(計画)である。(12

 

・劇中劇は舞台の内に舞台が作られているのに対して、イギリスへの渡航は舞台外のエピソードである。これによって、舞台上に見えるように作られているか、否かというTo be,or not to be,が表現されている。(13

 

・イギリスへの渡航は、舞台外のエピソードであり、舞台の内から見るとイギリスは海の向うの国である。しかし舞台自体は現実のイギリスの劇場の中にあり、舞台の彼方のイギリスは現実のイギリスとして舞台を包摂しているという事ができる。(14

 

・閉幕後のホレイショーの語りは、舞台で演じられる『ハムレット』には含まれていないが、見方を変えると、閉幕後のホレイショーの語り自体が『ハムレット』を包み込んでいるという事ができる。同様に、イギリスは『ハムレット』の舞台には含まれていないが、見方を変えると、イギリスは劇場から舞台、役者にまで浸透し包んでいる。(14

 

・『ハムレット』の内には劇中劇が、外にはイギリスがある。この三者は形のないものから形のあるものへ、つまりNot to be からTo be となっている。(15) 

 

・『ハムレット』は、現実のイギリスも演劇に取り込み、これによって世界劇場の概念が導かれる。(16

 

・世界劇場によって、演劇とみなされたシェイクスピアの生きている17世紀のイギリスを、私たちが考察し、想像する時、私たちはその世界劇場の観客となっている。(1618

 

 さて、これらは主に『ハムレット』のシンメトリー構成の中の、父ハムレットの亡霊とハムレットの亡骸のペア、劇中劇とハムレットのイギリスへの渡航のペアの二つの対称ペアから導かれたものでした。しかし『ハムレット』にはまだ他にも対称ペアが隠されています。そして、それらはさらにTo be,or not to be, の別の側面が見られるように描かれているようなのです。次回からは、それらについて見ていきたいと思います。