ハムレットのシンメトリー

Hamlet's Questions and One Man's Answers

13.舞台の彼方のイギリス

 前回は『ハムレット』のシンメトリー構成において、劇中劇と対称となるのはハムレットのイギリスへの渡航であるという事を示して、その二つがどのように対称的に作られているかをみました。そして、劇中劇が舞台内に集中するように作られているのに対して、ハムレットのイギリスへの渡航は舞台の外にまるで拡散するように作られている事を指摘しました。

 ここで、この舞台への集中と舞台からの拡散は表現を変える事によって、To be Not to beとする事ができるでしょう。これまで見てきた中で、『ハムレット』において舞台上に見えるように表現されている事がTo beであり、舞台上からは隠された表現がNot to be であるという事を見てきました。そこから劇中劇は『ハムレット』の舞台上にさらに舞台を作りそこに表現されているという意味でTo beという事ができます。それに対して、ハムレットのイギリスへの渡航は舞台上に見えるようには表現されていません。舞台にはNot to beなのです。

 また、ハムレットのイギリスへの渡航では、ハムレット自身が舞台上から姿を消すという意味でも、Not to be と見なされるでしょう。ハムレットがイギリスへ向かっている時には舞台上では別の場面が展開されているからです。その他の登場人物について見ても、劇中劇の場面では『ハムレット』劇中で最も舞台上に人物が多く存在していますが、ハムレットのイギリスへの渡航は、それ自体がそもそも舞台上に表現されていないので、舞台上の人物は0人です。 

 さて、このハムレットのイギリスへの渡航Not to beであるとして、これまでに考察した壇上に上げられたハムレットの亡骸や、閉幕後のホレイショーの語りと比較するとどのような違いや特徴があるか考えてみたいと思います。

 壇上に上げられたハムレットの亡骸と、閉幕後のホレイショーの語りは、両方とも閉幕後に設定されているので舞台上には表現されていませんでした。それに対して、ハムレットのイギリスへの渡航は、主にデンマークの宮廷が舞台の『ハムレット』において、ハムレットがその舞台から遠く離れてしまうエピソードであるために舞台上に表現できないエピソードです。

 図で表現すると以下のようになります。楕円形は舞台を示しています。太線の楕円は劇中劇の舞台で、ハムレットのイギリスへの渡航は、舞台から離れたところで進行しているという事を示しています。

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舞台にTo beそれともNot to be

 これらは、閉幕後に設定されたホレイショーの語りと壇上に上げられるハムレットの亡骸が、劇の時間の制限を超えるのに対して、ハムレットのイギリスへの渡航は、劇の空間の制限を超えるのだという事ができるでしょう。舞台に演出される劇は、時間においては開幕と閉幕に、空間においては舞台に制限された形で演じられます。『ハムレット』では、これを舞台上では演じられることのない表現、つまりNot to beによって超えようとしているのです。

 確かに他の演劇作品でも、閉幕後に設定されたエピソードや、舞台外の出来事が設定されているものもあるでしょうし、それらは特別に珍しいものではないかもしれません。しかし『ハムレット』では、それらが意図的な一つの問題として設定されているのです。そしてそれこそが、”To be or not to be, that is the question”のその問題なのです。しかしまだその問題が何であるかが分かったにすぎません。シェイクスピアの意図を解いていくのは、これからだと言ってもいいのです。