ハムレットのシンメトリー

Hamlet's Questions and One Man's Answers

5.父ハムレットの亡霊と息子ハムレットの亡骸

 父ハムレットの亡霊とハムレットの亡骸の対称関係からみていきましょう。 『ハムレット』全体の中に父ハムレットの亡霊の登場は3カ所あります。第一幕第一場で歩哨とホレイショーに現れ無言で去っていく場面、第一幕第四場から五場にかけて自らが殺害されたのだとハムレットに明かす部分、第三幕第四場のガートルードの居間でハムレットに対して登場する部分です。このうち、ハムレットの亡骸と対称関係が強く感じられるのは第一幕第一場です。

「ああ、おれを呼んでいる。どうか手を放してくれ。二人とも、
邪魔だてする者はだれであれ幽霊にしてやる」(第一幕第四場) 
ドラクロワ 1835年

 第一幕第一場は胸壁で歩哨が見張りをしているところから始まります。そこに学者であるホレイショーが連れられてきます。胸壁上に現れる亡霊の真偽を確認してもらうために連れられてきたのです。半信半疑だったホレイショーも,実際に先王ハムレットの姿の亡霊を見ると驚愕しつつ、亡霊が現れたことは何かの前兆ではないかと推測します。そして亡くなった先王ハムレットが、過去にノルウェー国王フォーティンブラスを一騎打ちにおいて破り領土を獲得した事、そして現在その息子のフォーティンブラスが無法者たちを兵として集め、領土を奪還しようと企てている事を語ります。それを語り終えると再び亡霊が姿を現します。ホレイショーはうろたえながらも、亡霊に語る事を命じますが、鶏鳴が聞こえると無言のまま去っていきます。

 

 次にこの亡霊の登場と対称的に描かれていると思われるハムレットの亡骸が壇上に安置される場面をみてみましょう。第五幕第二場、ガートルードが死に、レアティーズが、クローディアスが次々に死に、復讐を遂げたハムレットも死んでしまうと、そこにフォーテインブラスが兵たちを引き連れて登場します。どこで一緒になったのかはわかりませんが、イギリスからの大使も一緒に登場します。フォーティンブラスは、死屍累々たるその惨状を目にし驚愕します。そしてイギリス大使も同様に驚愕しつつ、海の向こうのイギリスでデンマークからの大使のローゼンクランツとギルデンスターンを命に従い、処刑したと報告します。ホレイショーはここで目の前に横たわる遺骸を、公にするために壇上に安置してほしいと願い、安置された後になにが起こったのかを正しく語りましょうと言います。フォーティンブラスが部下にハムレットを壇上に安置することを命じ、閉幕となります。

 

 さて先ずこの2つが対称的であるのは、亡霊と亡骸という2つの死者のあり方です。亡霊は胸壁上に現れ、亡骸は高檀に上げられようとしており、双方とも見上げられる場所です。第一幕の父の亡霊で霊を、第五幕のハムレットの亡骸で体を表現していると見ることもできます。

 また、この二つの場面を角度を変えて見ると、父の亡霊はまさに黄泉の国からこの世に姿を現しているところであり、それに対して、ハムレットはこの世から過ぎ去ったところです。

 さて、ここであのクエスチョンの出番です。”To be, or not to be, that is the question. “です。

 「あるのか、それともあるのでないのか、それがクエスチョンだ」と、この「クエスチョン」を踏まえて亡霊と亡骸を見てみましょう。これを霊と体として見ると、霊である亡霊は物質的に存在しているのではないので Not to be という事ができるのではないでしょうか?そうすると物質的な体である亡骸はいうまでもなく存在しているので To be です。

 ”Or” それとも、この世に姿を現した父の亡霊は、姿を現したという事でいえば To be です。そして亡骸は、この世からハムレットの霊が過ぎ去り、もはやそこに現れていないとするならばNot to beである、ともいえるのではないでしょうか?

 これは体的、つまり物質的な視点でみれば亡霊は Not to beで、亡骸はTo beです。そして霊的、あるいは精神的な視点からみれば亡霊はTo beで、亡骸はNot to beであるということができるのです。つまり、To be,or not to be,that is the question.the questionとは、「見方」、「視点」に関るものと思われるのです。