ハムレットのシンメトリー

Hamlet's Questions and One Man's Answers

6.語られたフォーティンブラス、そして現れたフォーティンブラス

 前回は父ハムレットの亡霊と息子ハムレットの亡骸の対称性を検討し、それぞれを霊と体とした際に、あのクエスチョンを投げかけてみました。To be Not to be か?

 そして亡霊が物質的な視点から見ると Not to beとしてあり、霊的な視点から見れば To beである事、同様に亡骸も霊的な視点から見れば Not to beで、物質的な視点からはTo beであるという事を検討しました。そこから、To be,or not to be,that is the question.the questionとは、「見方、視点」に関るものなのではないかと考えました。

 このように前回は考察したのですが、この第一幕第一場と第五幕第二場は亡霊と亡骸という面で対称的に描かれているだけではなく、ストーリーの細部にも対称性が見られるようです。例によってまた表で示してみましょう。

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 これを見ますと、かなり意識的に対称性が作られている事に気づかされます。第一幕第一場と第五幕第二場、言いかえると『ハムレット』の開幕直後と閉幕直前には明らかな対称性があり、それはどうやらハムレット父の亡霊とハムレットの亡骸だけにはとどまらないように思われます。そしてそれはホレイショーとフォーティンブラス、そして語るという行為に関わっているようです。詳しく見ていきましょう。

 第一幕第一場では亡霊が出現した際に、ホレイショーが亡霊に何者であるかと問いかけますが、亡霊は何も答えることなく消え去ってしまいます。これに対して第五幕第二場では、連なる死体を前にして驚愕するフォーティンブラスに、ホレイショーがその顛末を語りましょうと言いますが、先ずその前に遺骸を壇上に安置してほしいと言います。

 第一幕第一場と第五幕第二場は、ともに死者についての説明が求められているのですが、両方ともその場でその説明が語られることはありません。亡霊に求められた自身の説明はこの翌晩、ハムレットに対して現れた亡霊の口から語られることになります。そしてホレイショーが語るデンマーク王家の亡骸たちの説明は、その亡骸たちが高檀に上げられた後にされることになります。

 また、第一幕第一場でホレイショーは亡霊が去った後に、かつて父ハムレットが父フォーティンブラスとの一騎打ちにおいて勝利し領土を自分のものとしたと語ります。そして現在、息子フォーティンブラスが辺りの無法者を集めて兵にしたて、その領土を奪還しようと企てていると語ります。

 それに対して五幕第二場では、フォーティンブラスが兵士を連れて登場し「遡ればこの国に対して若干の権利を私は保持している、今この時を利してその権利を主張しないわけにはいかない」*1と言います。

 これは第一幕第一場でホレイショーが語っていたことが、第五幕第二場では現実としてホレイショー達の前に現れたという事です。表現を変えますと、第一幕第一場ではその場になく語られるだけだったものが、後に第五幕第二場ではその場に現れた事になります。つまり第一幕第一場では語られるにすぎない伝聞です。これはその場にはないという事で Not to be といえるでしょう。そして第五幕第二場でその語られていたフォーティンブラスと兵たちが現れるわけです。すなわちTo beです。

 この語られている事が Not to beで、その内容が見えるように表現される事がTo beであるというのはこじつけのように感じられるかもしれません。しかし、この表現は『ハムレット』の中で繰り返し現れるのです。今後、それが他の箇所でも同じ解釈ができるのを目にすることができるでしょう。そしてそれによって『ハムレット』の中から誰も想像しなかったような世界構造が導かれ明らかになっていくのです。

 

*1:大場建治訳、注解 シェイクスピア選集8 ハムレット 研究社 2004年 から引用しました