ハムレットのシンメトリー

Hamlet's Questions and One Man's Answers

48. ハムレットのサターンリターン

 なかなか前回の続きが書けないでいるので今週のお題でまた書いてみる事にしました。今週のお題「人生最大のピンチ」。これなら『ハムレット』ネタで書ける、そう思った次第です。なぜなら登場人物のほとんどがこの戯曲中に舞台の上で、あるいは舞台の外で死んでいるのですから。それも皆が殺されるか、そうでなかったら狂って自殺というのだから、人生最大のピンチを経験して残念ながら生きて乗り越えられなかったわけです。

 さらにデンマークという国家として見ても、相次いで国王が亡くなり、その息子であるハムレットも亡くなったうえ、一代前では敵対していたノルウェーのフォーティンブラスが国王となるのですから、これもまた国家最大のピンチです。まあ多分その後はフォーティンブラスがピンチを乗り越えて納めてくれたのでしょう。そうでなかったら救いようのない話ですから。

 このように皆が人生最大のピンチなのですが、ハムレットに関して言えばそのピンチは占星術的にも裏付けられたものでした。そんな星占いと英文学、戯曲に何の関係があると言うのかとこのブログを始めて読まれた方は思うかもしれません。しかし、ルネサンス以前では文学に限らずその他の芸術、さらには化学をはじめとする科学の分野でも、占星術はとても大きな役割を担っていたのです。

 そのハムレットの人生最大のピンチの占星術的背景はすでに前の記事40.土星の子供としてのハムレット - ハムレットのシンメトリーでふれたのですが、これは長いので繰り返しになりますがもう一度簡単に見てみましょう。

 ハムレットはその年齢が30歳であるらしい事が第五幕第一場に登場する墓掘りの台詞からわかります。なぜハムレット30歳という年齢が設定されているのか?それは30歳が『ハムレット』の主題ともいえる憂鬱質と関係が深い惑星である土星の公転周期の29.46年とほぼ一致するからです。もう少しかみ砕いて表現すると、30歳の時、土星黄道上を一回りしてその人が生まれた時の位置に戻ってくるのです。これを占星術ではトランジット土星がネイタル土星とコンジャクションを形成すると言い、これ自体がサターンリターンと呼ばれて重視されているのです。このサターンリターン、西洋の厄年とまで言われているようです。

 つまり、ハムレットは厄年だったわけです。厄年だったのだから「人生最大のピンチ」が訪れても不思議はありません。でも占いが当たるのだったら不思議かもしれません。

サトゥルヌスと彼の子供たち 15世紀中葉

 さてこの西洋厄年サターンリターンにはどのような意味があるのでしょう。私は占星術にそれほど詳しいわけではないので、サターンリターンで検索してみました。そうしましたら『サターンリターン』っていうマンガがあるんですね。いずれ読んでみたいですが、それは今は置いておいて、占星術関係の記事を読みますと、サターンリターンの意味としては、これまで避けていた事に向き合わざるを得なくなり、価値観の転換を迫られるとか、それがその人の人生における試練となるというようなことが書かれていました。

 確かにハムレットにとって父ハムレットの死によって価値観の転換を迫られたのでしょうし、試練であったのでしょう。でも少し漠然としていたので、次はtransit saturn natal saturn で検索しました。専門用語で海外のサイトを狙ったわけです。すると以下のサイトに次のような記事を見つけました。これがまったく29歳を迎えたハムレットへのドンピシャなアドバイスとなっているのです。笑えるくらいに。翻訳文にハムレットの状況を見比べて注をつけましたので、あわせて読んでみてください。

www.thefutureminders.com

 

トランジット土星土星のコンジャクション

 

 これはあなたにとって非常に重要な年であり、個人の成長の 29 年間のサイクルの始まりを示しています。*1

 あなたは今、外の世界に対して自分のアイデンティティを確立させ、個人的な目標をより明確にし、自分の行動に対する完全な責任を受け入れるよう求められています。あなたは新たな成熟段階に入りつつあり、より真剣に目的意識をはっきりさせる事で対応するかもしれません。それはそれで良いのですが、過度に自己批判*2になったり、非現実的な期待を抱く傾向*3は避けなければなりません。

 これを祝福と見なすか呪いと見なすかにかかわらず、この期間中は、成功して最善を尽くさなければならないというプレッシャーを感じ、より多くの責任を負う可能性*4があります。

 あなたは自らの確信を試し、あなたの目標に疑問を投げかける新しいプロジェクト*5を開始するかもしれません。あるいはあなたがその期待に添わなければならないと感じている権威者の高い要求*6にプレッシャーを感じるかもしれません。いずれにせよあなたの安全とは言えない状況*7に立ち向かう事が、それらを克服する唯一の方法なのです。

 この期間にあなたが行うことはすべて、予想よりも時間がかかり、予想よりも難しいように思われるかもしれません。しかしその根底には、努力なしには何も得られないというメッセージがあるのです。努力は成功によって報われます。これを日々のマントラのように心に留めることです。

 

 当たってますよね?占星術って戯曲の中の人物にも有効なのですね。

*1:ハムレットは第五幕第一場の墓掘りとの対話で30歳であることが明らかとなっています。この場面は父ハムレットの死からすでに数か月が経過していますので、父の死がハムレットのこの29年のサイクルの始まりという事ができるでしょう。

*2:ハムレットは第二幕第二場での役者の演技を見た後の独白で自らを責めます。

ハムレット それだというのに、このおれは!

ああなんという鈍、泥のように鈍、白日の夢にふけって

ただふらふらとうろつき回り、おのれの一大事もどこ吹く風、

なにひとつ言おうとしない、国王のために、すべてを奪われ

尊い命までも無残に無きものにされた国王のために、

ああ、なにひとつ。おれは卑怯者だ、

おれを悪党と呼んでくれ、この頭をぶち割ってくれ、

髭をむしり取っておれの顔に吹きつけてくれ、

鼻をひん曲げてくれ、恥知らずの大噓つきと

心底から罵ってくれ、だれでもいいそれをする者はいないのか?

そうとも、

それで当然だとも、きっとおれは鳩のように臆病で、

怒りの感情に欠けているのだ、どこまで痛めつけられても

えへらえへら、怒りのひとかけらでも持ち合わせれば、そうとも、

とうのむかしにあの悪党の腐れ肉など、大空を舞う

鳶という鳶の餌代わり。ああ悪党、血まみれの好色漢、

冷酷無残な裏切者、色きちがいの、人でなしの、大悪党!

よし、復讐だ!

まったく大間抜けとはおれのこと、ごりっぱな話だよ、

殺された最愛の人の当の息子、

天国からも地獄からも復讐をせかされている復讐者、

そのおれが売春婦なみに、心の内を口先に広げてみせて、

果ては口ぎたなく毒づき始める、そうとも、売女のやり口だ、

下種野郎め!ああいやだ、いやだ!少しは考えてみろ、この頭。

 過度に自己批判的になっています。こういった傾向は避けなくてはいけません。

*3:第二幕第二場でローゼンクランツとギルデンスターンとの会話の中で

ハムレット ぼくはね、胡桃の殻の中に閉じ込められていても、無限の宇宙の支配者だと思っていられる人間だ。ただ悪い夢に苦しめられているものでね。

非現実的な期待を抱く傾向。これも避けなくてはいけません。

*4:亡霊と会った後、第一幕第五場での最後の台詞

ハムレット 時の関節が外れてしまった。ああなんという運命、

これの整復のために生まれ合わせた身の因果。

この台詞の他にもハムレットが亡霊の言葉からプレッシャーを感じているのは劇全体からもわかるでしょう。

*5:第三幕第二場でハムレットは亡霊が語ったことから導かれる自分の目的(父の復讐)に疑問を抱き、それを試すために劇中劇というプロジェクトを開始します。

*6:この権威者とはハムレットにとって父の亡霊で、高い要求とは「復讐せよ」です。

*7:国王を殺害するという企てはいうまでもなく安全とは言えない状況に陥ります。そしてハムレットはイギリスへ自らの死刑執行の依頼を携えて行かなくてはならないのです。このイギリスでの死刑を逃れてもクローディアスとレアティーズの企みに満ちた決闘が待っているのです。