ハムレットのシンメトリー

Hamlet's Questions and One Man's Answers

2.『ハムレット』のシンメトリー

 私がハムレットの研究をするのに参考にし影響を受けた本を紹介します。

 そのものずばり『ハムレット研究』 後藤武士 研究社出版 1991年です。この本のはしがきにF.P.ウィルソン教授の言葉として次のように書かれています。

 

Hamletに関する書物を全部読むことに着手した人は、そのほかになにひとつ読む時間がなくなるであろう―Hamletさえも」

 

 このように『ハムレット』について書かれたものは膨大にあるわけですが、その膨大な文献をもとにこの『ハムレット研究』は書かれています。ページを適当にめくってみますと、あらゆるページに研究者の外国人名があり、注にはほとんど日本語はないため、なかなかとっつきにくい本ですが、ページの間に一回り大きいサイズの表が折り込まれていることに気づくと思います。

 この表はABCDEF/FEDCBA symmetriesと題されています。これは『ハムレット』の最初と最後が対称に構成され、最初に続く箇所と最後の手前がさらに対称となり・・というように『ハムレット』の全体がその中心を軸に対称的に構成されているという事が示されています。

 私はなんだかこういうのにわくわくしてしまうので、この本を手に取って最初にこの表を読みました。それによりますと『ハムレット』は以下のような形で対称になっているといいます。(同じアルファベットが対称関係を示します)

 

 A 第一幕第一場

歩哨の交代(歩哨は隊長の命令がなければ持場を離れられない)

ポーランド軍を破った時のように顔をしかめ、甲冑姿で先王の亡霊が胸壁の上に現る

 A 第五幕第二場

ハムレット、ホレィシオの口から毒杯をもぎとる(人はこの世の歩哨、神の命令なき限り人生の持場から立退くこと即ち自殺することは許されない)

ハムレットの亡骸を隊長に担がせ、高檀へ運ばす、軍楽を奏し礼砲を発射

 

 B 第一幕第二場

不安な葬い、不安な結婚式(王の意思が教会の慣例をくつがえす)

 B 第五幕第一場

不安な葬いと不安な結婚式―王妃、オフィーリアの墓に花をまきながら「そなたの花嫁の新床をこそ花で飾りたかったのに」と嘆く(王の意思が教会の慣例をくつがえす)

 

 C 第一幕第三場

オフィーリアに兄レィアティーズが王子ハムレットに掛り合うことの危険を忠告する

 C 第四幕第七場

オフィーリア水死の模様を王妃が語る。レィアティーズは父を殺した王子が間接ながら妹の死にも関係ある事を知り復讐の念に燃ゆ

 

 D 第一幕第四場・第五場

クローディアスは先王を死の旅へ送り出したが、それが亡霊となって煉獄から帰ってきていきさつを語ろうとは思わなかった

 D 第四幕第四場

クローディアス王はハムレットをイギリスへ向け死の旅へ送り出す。まさかそれが生きて帰り航海の様子を語るなど全く思わず

 

 E 第二幕第一場

ポロゥニアスは息子レィアティーズの情報を得ようとする。

オフィーリア、ハムレットの狂ったような振舞いを告げる。

 E 第四幕第五場

父ポロゥニアスの死の情報を求めてレィアティーズ王宮へ乱入

オフィーリア狂った姿で唄をうたう

 

 F 第二幕第二場

フォーティンブラスがポーランドへ向かうことが分かる。ロゥゼンクランツ、ギルデンスターン、王に呼ばれて到着。「デンマークは牢獄だよ」と聞かされておどろく

 F 第四幕第四場

フォーティンブラス軍隊を率いてポーランドへ、ハムレットはロゥゼンクランツ、ギルデンスターンに監視され(実質的には捕虜となって)港へ

 

 これはキース・ブラウン『形式と原因の結合:「ハムレット」とシェイクスピアのワークショップ』*1と題された論文からのものだそうです。

 それぞれを見てみますと、確かに対称となっていると思われるのもあれば、微妙なものもあるように感じさせられます。このことは『ハムレット研究』の著者も「ペアを作るにあたって少々無理をしているのではないかと思わせるふしがあり」と書いています。

 さらに、全体をシンメトリーとして構成したのであるとしたら、第三幕にシンメトリーの対応が全くなく、かたよっているように見えます。第三幕は”To be,or not to be”の独白や劇中劇、クローディアスの祈りの場、ガートルードの居室の場と重要な場がいくつもあり、技巧的なシンメトリー構成をするとしたらこれらを外すとは考えにくいのです。

 確かに胸壁上に現れる先王ハムレットの亡霊と、最後に高檀に運ばれていくハムレットの亡骸は響きあっているように思われます。そして不安な結婚式と不安な葬式も対称的です。ですがそれ以降のペアに関しては対称性は微妙なように感じられるのです。

 しかし一概にこのシンメトリー構成のアイディアを捨ててしまうのはもったいないと思うのです。それというのもルネサンス期はシンメトリーが芸術上で重視された概念であった事に加え、エリザベス朝当時はこのルネサンス文化が盛んに取り入れらていたため『ハムレット』の中にシンメトリーを追求するという考え方は魅力的で捨てがたいように思えるのです。

 そこで私も『ハムレット』を机の上に置いて、より明確に対称を成しているものはないかと探してみたのです。これを読んでくださっている方も、もう一度『ハムレット』を手に取ってシンメトリー構成を探してみてはいかがしょうか?これまでと違った『ハムレット』の読み方を楽しむことができると思います。

 私が見つけたシンメトリー構成は今後のブログに記していきます。そしてどうやらそのシンメトリー構成が、あのクエスチョン*2を解き明かす糸口になるようなのです。

 

*1:Keith Brown(1973) "Form and Cause Conjoined":"Hamlet" and Shakespeare's Workshop Cambridge University Press

*2:To be, or not to be,that is the question. ハムレット第四独白