1.”To be, or not to be, that is the question. “ その何が問題か?
”To be, or not to be, that is the question. “とはシェイクスピア作品のもっとも有名な台詞のひとつでしょう。これは『ハムレット』第三幕第一場でのハムレットの独白での台詞です。ハムレットはこの長い独白で死についてを考え、それを眠りに例え、さらに死が眠りに例えられるならそこで見る夢とは?と想像を巡らせます。それというのも自分がいかに生きるべきか、あるいは死ぬべきかを悩んでいるためです。その長い独白の最初がこの”To be, or not to be, that is the question. “という言葉です。
これが有名であるのは簡単な単語でありながらその意味が観客や読者、学者によって解釈が異なるためです。それは日本語訳されたこの台詞を比較することで感じることができます。いくつかを見ていってみましょう。
生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ。
2003年 河合祥一郎訳 角川文庫
このままにあっていいのか、あってはいけないのか、それが問題だ。
代表的なのはこの二つの解釈でしょう。悩める人物としてのハムレットです。とりあえずここではそれぞれの解釈の背景は見ないで他の翻訳も見ていってみましょう。
行動の人ハムレットとして
やる、やらぬ、それが問題だ。
1970年 小津次郎訳 筑摩書房
be動詞は存在の動詞だから
在るか、それとも在らぬか、それが問題だ。
1966年 大山俊一訳 旺文社文庫
さらに哲学的に
存在することの是非、それが問題として突き付けられている。
2004年 大場健治訳 研究社
もっと簡潔に
どっち だろうか。―さあ そこが 疑問。
1939年 浦口文治訳 三省堂
昭和初期では
世に在る、世に在らぬ、それが疑問ぢゃ。
大正には
存ふる、存へざる、其處が問題だ。
1914年 村上静人訳 アカギ叢書
明治には
定め難きは生死の分別
1905年 戸澤正保訳 大日本図書
存ふべきか存ふべからざるか、そは疑問なり。
1903年 中島孤島編 坪内文学博士閲 冨山房
おまけとして
Arimasu, arimasen, are wa nan desuka :
1874年 チャールズ・ワーグマン訳
このように並べてみますと、それぞれ味わい深さを感じることができるのではないでしょうか?
これらの翻訳から、”To be, or not to be, “の意味としては、自らの生死、自らの行動、存在の3種に大きく分けられるのではないかと思われます。しかし、ここではそれぞれの根拠やその妥当性を深く検討はしないでおきましょう。
ハムレットはこの台詞を独り言として内省しながら語ります。舞台にはハムレット一人です。自らに向けた言葉ですので、自分自身のあり方を悩んでの言葉です。しかし舞台には一人でも舞台の外観客席には多くの人たちがそれを聞いています。この言葉はハムレット自らに向けた言葉であると同時に観客に向けて語られているともいえるでしょう。シェイクスピアから観客や読者に向けた言葉でもあるのです。そのように考えると ”the question. “とはシェイクスピアから私たちに向けて立てられた問題なのかもしれません。「これが問題です」と私たちに向けて与えられたのが ”To be, or not to be “なのだと考えることもできるのです。そうすると『ハムレット』全体が長い問題文で、回答するのは私たちです。
このように考えて『ハムレット』を読み解くと全く新しい解釈をすることもできるのです。
ここでの”To be, or not to be, that is the question. “のそれぞれの翻訳はハーリー・グランヴィル⁼バーカー 大井邦夫訳述 『シェイクスピアはどのようにしてシェイクスピアになったか』 2011年 玄文社 から大井邦夫先生の注から引用させていただきました。大井邦夫先生は昨年の1月に逝去されました。ここにご冥福をお祈りいたします。